連休とか続くと日誌が忘れ去られる現象に名前をつけたい

どうも

 

厭世家と言われるキヨです

 

 

今日はどうでもいい話をします

 

 

 

 

オレはどうやら自分の中の正義感、いや正義感というより、己の中の「これはこうであるべきだろう」という信念がすこぶる強いようで、

これってなんとも言葉に著しづらいな。

兎も角、

例えば、その言い方じゃあ誤解される言い方だろうってものとか、理解を放り投げているやつだとか、それがたまたまオレの友人から投げかけられるものであると、酷く悩んでしまって、嫌悪感を抱いたりなんかして、オレには幼馴染みの5人を除いて友達だと思える人間はいない。

 

それでいて、勿論ひとりは嫌で、でもなんだか投げかけられた些細な言葉で暗澹たる気持ちになって、そんな気持ちを理解してもらおうだとか、言い方に撤回してもらおうだとか思う前に、人と付き合うのを辞めてしまう。

 

 

そんな複雑なオレが、相も変わらず人付き合いが出来ないまま居るのも自分としては気持ちが悪くて、

蛇口から泥水しか出ないのに洗濯を続けてるような気分になる。

どいつもこいつも嫌いなのだが、勿論そいつらにもいい所があるわけで、今一瞬の噛み合わなさだけに絶望する自分が酷く辛い。

 

そうだな、嫌いなわけじゃないんだ。

歩み寄って欲しさすらあるけれど、

きっとオレがここまで煮詰まってるのなんか伝わらないから、ある意味平行線で。

逆に、相手からするとオレがこう思ってるのは些細なことで、蓋を閉じられるような事なんだろう。

 

 

でもやっぱりオレは、

距離を詰められたり、仲が良いからと言ってデリカシーのないことを言われたりするのは、許せないから、

相手が諦めてないなら仲良くしたいなとは思っている。

ただまあ何にムカついたとかそういうのは、なかなか言えないまま拒絶するオレも悪いんだけどさ。

 

 

 

 

まあどうでもいい話なんだ。

 

 

誰に聞かれたいわけでもない。

 

 

清澄っていう存在がいて、暗澹たる気持ちでいることだけ、それが間違ってないと思いたいからここに記した。

それだけだ。